2000年4月2日日曜日

教育改革に向けて国民的議論を期待する

小渕首相の私的諮問機関である「教育改革国民会議」が発足し、一年後を目途に提言をとりまとめることになった。教育問題はまさに国民的な関心事だ。閉塞感が漂う現代日本の諸問題を突き詰めて行くと、多くの場合、最後は日本の教育の問題に突き当たることを考えれば、この会議での議論の行方に注目せざるを得ない。そこで三つの具体的な提案をしてみたい。ご批判を乞う。

まず第一に、義務教育の自由化である。そもそも初等教育とは親の責任でなすべきものだ。学校ごとに多様なカリキュラムを認め、学校に行かせる行かせないも含め、コースの選択は親の自由とするべきである。今の義務教育は均質の労働者、兵員を大量に養成することを目的として、国民国家の成立とともに制度化されたもので、わずか200 年の歴史しかない実験的なものだ。人類の偉業の大部分は義務教育がない時代に達成された。義務であり離脱を許さないからいじめも発生する(いじめは刑務所や軍隊とかの逃げ場のない環境でしか起こらないことに注意)。学校も不適切な生徒を放校する自由がないから、学級崩壊が多発し校内暴力がのさばる。

第二の提案は大学入学試験に口頭試問、論述試験を大幅に導入することだ。論理的な表現力は、国際社会で生きて行く上でまことに基本的な能力であるにかかわらず、日本人はこれを苦手とする人が多い。大学入試には含まれていないが故に、若いうちに十分な訓練が為されないのである。

三つ目に望みたいことは大学院教育の拡充である。20 世紀を通じて世界中ではっきり観察されるトレンドは、教育の高度化と高学歴化だ。今や欧米諸国はいうに及ばず発展途上国でも、高級官僚、大企業の幹部のほとんどがマスターやPhD なのである。ところがそのカウンターパートである日本の官僚、民間ビジネスマンはいまだに大部分が学士だ。肩身が狭いという以上に、議論のベース、ロジックが彼我で微妙に異なるためコミュニケーションに支障が出る場合があるのだ。国際機関に日本人職員が少ないのもこれが理由だ。グローバル時代にこれはゆゆしき問題といわざるを得ない。具体的にどうするかだが、まず手始めに国家公務員は修士号を持っていることを採用条件としてはどうか。そうなれば多くの民間大企業もそれに倣って院卒の採用を拡大して行くことになろう。大学院に入らねばならないとなると大学生も勉強するようになるだろう。

以上の三点が筆者の提案である。これに対して直ちに多くの反論が出てくることは覚悟している。一番多いご批判は「そういうやりかたは公平でない」というものだろう。しかし筆者には、必要以上に公平であろうとする関係者の異常な努力こそが、日本の教育を大きく歪めていると思えてならないのである。

(橋本尚幸)

2000年3月1日水曜日

IT 革命と総合商社

商社株が注目されている。先日テレビで“サンデープロジェクト”を見ていたら、証券会社の部長さんの3 人のうち2 人が、IT 関連銘柄として商社株を薦めていた。それに対し司会(田原総一郎氏)はいまひとつ納得のゆかない様子であった。電子商取引が進めば中間業者は中抜きされるというイメージが根強いからだろう。

IT 革命が商社に与える影響を次の三つの切り口で考えてみたい。すなわち、1 )IT 関連の新規ビジネスと商社、2 )IT 革命に伴う取引形態の変化と商社の商権の帰趨、3 )IT による商社のコスト削減、の三つである。

まず、IT 関連で生じる新規ビジネスと投資については、商社は相当に有利な位置にあると見てそう異論はないだろう。商社はこの分野で多大の先行投資を積み上げてきている。またこの分野ではアメリカが一歩先を進んでおり、日本のIT関連の新規ビジネスはアメリカなどの技術や企業がグローバルに絡んでくる場合が多い。こういったアレンジは商社の得意分野で、いわば商社のお家芸である。

つぎにIT 革命が商取引に及ぼす影響だが、これについてはいろんな見方がある。総合商社のSCM 展開は確かにめざましいものがあるが、同時に商取引の電子化で機能のない中間業者が中抜きされる可能性もあるからだ。しかし見落とされがちな点だが、商取引の電子化は商取引の全体ボリュームを飛躍的に増大させるということが重要である。つまりITで取引コストが格段に安くなることで、従来インハウスにとどまっていた多くの工程が、自然に外部化され、従来は社内取引や工場内部の仕掛品の移動であったものが、今後は企業間商取引に置き換わって行くのである。つまりIT革命は最終消費額に対する卸売取引額の比率(W/R比率)を高め、川中の商社ビジネスは逆に増えるかもしれないのである。

三つ目のポイントは、IT革命による商社のコスト削減だ。現在アメリカにおいては、伝統的な産業(自動車製造、発電機器製造、農業など)で、ITを工程管理、資材購入などに活用することで大きなコスト削減が実現されつつある。日本の商社においてもそれが期待できる。総合商社の産出/投入関係を見ると、産出品目はいわゆる「商社機能」である。投入生産要素は「お金」と「情報」、それに「人」だ。これらの生産要素がIT革命ですべて安くなりつつある。調達方法の多様化で「お金」は安くなった。「情報」についても然り。最後の「人」だが、ITによるナレッジ・マネージメント・システムが整備されれば、商社マンの生産性を格段に上昇させ、単位労働コストを大きく押し下げることが可能になる。

以上の通り、総合商社がIT革命の担い手、IT革命の受益者として将来性が期待され、商社株が買われていることは、十分根拠のあることなのである。

(橋本尚幸)

2000年2月1日火曜日

わたしの阪神大震災

六千数百人の命を奪った阪神大震災から5年。個人的にも忘れることが出来ない事件であった。ちょうどそのとき関西に用事があり、宿泊していた西宮の両親宅で地震に遭遇したのだ。寝ている上にタンスが倒れてきて、更にその上に屋根が落ちてきた。身動きがとれず、土埃と屋根の重みで息も出来ない。右足の膝から下だけは、わずかに動いたので、体を少しずつその方向にずらして行き、最後は無我夢中で一気に脱出した。抜け出たところは崩れた屋根の上で、頭上には一面の星空があった。

それから罹災者生活が始まったが、余震が続く夜中、手帳に書き付けた「死なないためには」と題するメモが残っているので紹介したい。1)タンスの下では寝ないこと。どんなことをしてもタンスは必ず倒れる。2)ボロ家には住まないこと。古い家は例外なく壊れてしまった。3)水を確保すること。食べ物なぞはなくとも三日ぐらいは平気だが、水がないと本当にどうしようもない。井戸があれば一番よい。

この三点を心に決めて、交通手段の復旧と同時に東京に帰ってきた。しかし、以来5年、ひとつも実行できていない。寝ている部屋の壁には相変わらず本棚がある。住んでいるところも古い木造住宅だ。井戸を掘ることにいたってはだれも冗談だと思って相手にしてくれない。なぜ実行に移せないでいるのか。それは経済的な問題である。タンスのない広い部屋にも、頑丈な家を建築するにも、井戸を掘るにも、たいへんなお金がかかる。日本では最も基本的な「死なない」ことが、きわめて高くつくのである。

日本の個人金融資産が1300兆円だとか、GDPは世界二位だとか、日本はえらくお金持ちの国であるかのような錯覚がある。だからODAも大盤振る舞いだ。新年の各紙の社説にも、もう経済成長を追い求めるのはやめよう、生活の質の方が大切だ、という論調が目立った。でも大部分の国民が地震ですぐ壊れるような家に住んでいて、どうしてそんなことがいえるのか。生活の質は物質的な裏付けがあってはじめて得られるものだ。ゼロ成長でもかまわないと言うには、はっきり言ってまだ十年早いのである。少子化が進み、ひ弱な若者が増え、経済成長率の低下は不可避とする議論があるが、それにも同意できない。

阪神大震災の話に戻るが、地震の直後の瓦礫のなかで、子どものような若い婦人警官がひとりで、信号機が停止した街路の交通整理をしているのを見た。怪我した家族を車に乗せた男が大声で叫びながら猛スピードで交差点に突っ込んで来るのだが彼女はいっさいひるみを見せなかった。以来、筆者は若者と女性の悪口は言わない。労働力問題は若年層と女性の就業率を上げることで十分対応できる。

(橋本尚幸)

2000年1月1日土曜日

日本文化のルーツとグローバリゼーション

日本の家庭においては、冬の人気メニューのナンバーワンはなべ物とのことで、2000年の正月はどこにも出かけず、炬燵でおなべという人も多いかもしれない。99年中は、長引く不況のなか、東海村、新幹線、H2ロケットと日本中にちょんぼが目立ち、こんなことで日本は果たして大丈夫かと、いろいろ落ち込むことも多かった一年であったが、雪見酒におでんなど突っついていると、やはり日本人に生まれて良かったと実感するのである。そこで質問。世界で最初におなべ料理を食べたのはだれだ。

この問題は意外と複雑で、調べるとどんどん時代を遡ってゆく。結局、容器としての「お鍋」を最初につくった人が世界最初の「おなべ」を食べたと考えるのが妥当との結論となるが、こうなると考古学の問題だ。いちばん古い土鍋(土器)はどこにある。意外や意外、それは日本列島であった。最近、青森県で出土した縄文土器は、放射性炭素法年代測定によると約1万6500年前と判定され、世界最古とされた。

当時の縄文人たちは、竪穴式住居のなかで、たき火のなかに縄文式土器を据え、シカやイノシシの肉、魚介類、それに根菜類やトチの実からとったでんぷんなどを入れて煮立て、みんなでふうふう言いながら食べていたのだ。これは当時の地球では最先端の食文化であった(なにせ、他所には「お鍋」がなかった)。現代日本人のほぼ半数以上は縄文人のDNAを受け継いでいることが、これまた最新の科学技術で明らかになっている。だから、おなべ料理を発明したのはやはり日本人といえるのだ。

単なるおなべの話であるが、このことはいろいろ示唆的である。日本人は昔から物まね民族といわれてきた。しかし日本人はそのルーツに核となるしっかりした文化を持っていたからこそ、外来文化を、どんどん抵抗なく受け入れることが出来たのではないか。弥生時代になり比較的少数の外来人とともに農耕技術が日本列島に伝来するが、狩猟民族であった縄文人はそれをことごとく消化し、数百年にして世界最大級の墳墓群を有する農耕型の古代文明を築き上げる。アニミズム(古代神道)に生きていた日本人は、突然に仏教を取り入れ、200年程で世界最大の鋳造仏(奈良の大仏)を建造するまでに大変身する。弓こそ命と信じていた武士たちも、ポルトガル人が鉄砲を持ち込んでからわずか30年で、日本を世界最大の鉄砲生産国にしてしまう。明治維新後の西欧文明の移入は言わずもがなだ。

背景にあったのは、いくら外国の文明を受け入れたところで、自己のアイデンティティーは絶対に傷つかないという確信でなかったか。21世紀を目前に、日本は大きな変化に直面している。グローバリゼーション、IT革命、企業経営の改革、社会改造などなど。でもやはり冬になれば、人々は昔ながらのおなべを囲む。自信を持ってグローバリゼーション対応と自己改革に臨みたい。

(橋本尚幸)

1999年12月1日水曜日

「真空リーダー」は日本を変えるか

秋が深まり東京は一年でもとりわけ美しい季節となった。わけても当社の竹橋ビルから眺める皇居の樹海はすばらしい。都心のど真ん中の超一等地にありながら、この100ヘクタールを越える森林は、注意深く自然林の形態が維持され、野鳥や植物の楽園ともなっている。その周りを取り巻くのは、大手町、丸の内、霞ヶ関などで、日本のほとんどの政治・経済活動がそこに集積され、巨大なパワーセンターが形成されている。しかしその中心には、ぽっかりと穴があいていて、そこには自然があるばかりである。

この東京という都市の特殊な構造に最初に着目したのはフランスの構造主義者のロラン・バルトだ。もう30年も前になるが「いかにもこの都市には中心がある。でもその中心は空虚である」と喝破したのだ(『表徴の帝国』1970年)。以来、この言葉は日本文化と社会の特殊性を物語る言葉としておびただしく引用されてきた。

中心が「空」である組織の利点として、安定性がある。話し合いによるコンセンサスがベースにあるからである。欠点としては、逆にあまりにも安定的すぎて、変化し難いことがあげられる。変化を受け入れる風土は希薄で、強いリーダーシップは昔から胡散臭いものと考えられてきた。(ちなみに、日本史における「国民的英雄」は例外なしに悲劇的な最期を遂げる。ヤマトタケル、源義経、楠木正成など。リーダーは挫折してはじめて人々から愛されたのである。)

しかしそれでは日本は永久に変化できないかと言えばそうでもない。数百年に一度は、すごいリーダーが出現して、中心の真空部分に降り立ち、社会に革命的な変化をもたらすのだ。それが源頼朝であり、徳川家康であり、大久保利通であった。いずれも人々から決して愛されはしなかったが強力なリーダーシップを発揮し日本を確実に変化させた。

このような強力なリーダーはどの様な条件が満たされたときに日本に出現するのかだが、いずれの場合でも、人々が現状につくづく嫌気し、変化を求めるコンセンサスが背景にあったように思う。

日産自動車にルノーからゴーン氏がやって来て、ドラスティックな改革を進めている。不思議なことに社内ではそれほど大きな抵抗はないときく。ゴーン氏がやっている改革とは、日産の社員がだれもがやらねばならないと考えていた(しかし出来なかった)ことに過ぎないからということだ。リーダーシップを受容する条件が整っていたのだ。

日本全般についても同じことがいえる。いまや変化の必要性、その方向についてコンセンサスがしっかり形成されている。まさにリーダーシップを受容する条件は整っているのだ。いったんコンセンサスができると日本は動く。日本の変化は確実に始まっているように思う。

(橋本 尚幸)

1999年10月1日金曜日

企業の新規事業展開が日本を不況から脱出させる

若干の景気回復の兆しが見え始めてはいるものの、まだまだ日本経済は不況を脱してはいない。

不況とは国民経済の供給能力が需要を上回る状態を意味するので、不況から脱出する手段として、まず需要を大きくすること、それから供給力を削減することが考えられる。公共事業等の財政政策や、過剰設備の除却への支援措置などだ。しかしこういった政策は、まだまだ需給ギャップの解消に効果を表していないように見える。

この理由は、こうした従来型の政策が需要と供給能力を単に数量的に一致させようとするだけで、供給構造と需要構造の構造的、質的ミスマッチを解消するに至っていないことにある。この10年、需要構造には大きな変化が生じている。その変化を考慮した供給構造の改造が望まれているのだ。

今月なくなったソニーの創業者の盛田昭夫氏は、ウォークマンというまったく新しい商品を開発し、世界中に爆発的な需要を巻き起こした。いま現在もっとも待ち望まれているのは、こういった企画、新規事業に他ならない。

一般的にこのような新規商品とサービスはベンチャー企業によって提供されると考えられている。そこで、わが国においてベンチャー企業の育成ための具体的な仕組み作りが進んでいる。しかし、それにも拘わらず、わが国におけるベンチャー企業活動は、アメリカに比べて非常に見劣りする状態にとどまっている。全産業の開業率はついに廃業率を下回るまでに落ち込んだ。その背景には社会風土や文化の相違があるように思える。

19世紀のフランスの歴史家アレックス・トックビルは、不朽の名著といわれるその著書『アメリカの民主政治』のなかで「アメリカの強さは無数の零細企業にある」と喝破した。アメリカのベンチャー企業には、このように19世紀以来の長い伝統があるのだ。

それに対して、わが国ではむしろ、ベンチャー企業もさることながら大・中堅企業が絶え間なく自己革新と新規事業展開を行うことで、経済の供給構造を時代の変化に対応させてきた。その背後には組織体の維持(お家の存続)がもっとも大事とされた鎌倉時代からの御家人文化の伝統がある。トヨタ自動車の奥田会長が雇用の維持が出来ない経営者はまず自分の腹を切れと言い切って論議を呼んだが、この雇用確保の姿勢は組織体の維持への強い意志、それと裏腹の関係にあるトヨタならではの攻撃的なシェア拡大主義と合わせて初めて理解できるのだ。

当社では、七人の選抜メンバーからなる「戦略ビジネス発掘タスクフォース」が編成され、新規事業によるブレークスルーを目指して鋭意仕事を始めている。日本では、このような企業内の動きこそが企業を発展させ、さらには日本経済全体の活性化をもたらすと期待されるのである。

(橋本 尚幸)

1999年9月1日水曜日

高齢化する「団塊の世代」は日本を衰退させるか?

8月1日付のニューヨーク・タイムズは第一面に「21世紀の日本は、人口の減少と高齢化のため、国家としての活力と影響力を失って行くだろう」との内容の記事を載せた。まったく余計なお世話である。そんなことはないと思う。

日本の人口が減少に向かっているのは事実である。しかしこれ自体は決して悪いことではない。朝のラッシュ時の地下鉄に乗ってみるまでもなく、昔から日本では人が多すぎることが問題であった。『七人の侍』と『楢山節考』の映画を見てもわかる。だから人口減少は必ず生産性の上昇をもたらすので、人口減少に比例してGDPが減ることはありえない。

高齢化の進行にしても非生産人口の増加を必ずしも意味するものではない。健康医療、家事・介護ロボット、さらにアルツハイマー治療薬の開発がハイピッチで進んでいる。逆に子供の数が減るので教育、養育費の負担は軽くなる。「実質的な」生産人口比率は、いまとほとんど変わらない可能性が高いのである。

問題は、肉体的には元気でまだまだ働けるお年寄りにどう働いてもらうかである。定年延長が常識的な回答であろうが、中高年からは「まだ働かせるの、堪忍して欲しいな」との本音のつぶやきが聞こえることも事実である。先進諸国では高齢者の就業比率は急速に低下しつつあり従来型の定年延長はその流れに逆行するともいえる。別の高年者の有効活用法を考えねばならないのである。筆者の考えでは、ずばり、彼らには「本当の投資家」になってもらえばよいと思う。

日本の莫大な個人金融資産の大部分は60歳以上の高齢者に保有されている。彼らは非常に保守的であり、日本においては「リスクキャピタル」は遂に育たず、これが経済低迷の原因ともなった。

しかしいま高齢化しつつあるのは戦後生まれの「団塊の世代」である。いろいろ批判はされるが、ともかく戦後の民主教育のおかげで知識の平均レベルは高く好奇心も強い。1200兆円の個人金融資産も相続などを通じてやがては彼らのものとなる。その時こそ、日本に新しいタイプの投資家集団が出現する。麻雀、パチンコに明け暮れた世代だ、リスク・テイキングはお手のものだ。

現役を引退した「団塊の世代」は、日本の歴史上はじめて、生産者の利益ではなく消費者の利益を主張する政治的な層を形成することになる。前川レポート以来、指向されてきた日本経済の消費主導型経済への転換が、年老いた団塊世代の自己主張で一気に実現できるかも知れない。また国際金融市場でも彼らは「連合赤軍」的な投資行動で各国の金融当局者を戦々恐々とさせるかもしれない。

その数の多さ故に、戦後の日本社会を常に揺るがしてきた「団塊の世代」だが、われわれはまだまだ彼らから目を離すことができないように思う。

(橋本尚幸)

1999年8月1日日曜日

「総合」商社は時代遅れであるか?

戦後、日本企業は一貫して多角化を進め、総合化の道を進んできたが、最近は自分の得意分野に経営資源を重点的に投入する傾向が顕著になっている。今や「選択と集中」というのが時代のキーワードだ。では何でも扱う「総合」商社も、もはや時代遅れであるのか? そうではないと思う。商社にとっては、その「総合力」こそが強みの源泉なのである。

まず商業と製造業との質的な相違がある。製造メーカーが製品を「製造する」のに対して商社は製品を「取り扱う」。製造業では「選択と集中」が競争力の強化につながるのが普通だが、商社の取扱商品の「選択と集中」は必ずしもそうではない。大根の販売に集中しても八百屋の経営が良くならないのと同じだ。

次に、一般企業の「選択と集中」が進み、企業の守備範囲が狭まれば狭まるほど、総合的なサービスへのニーズが高まることである。企業が専門性を高める一方で直面する問題は複雑化してきている。それが故に「オルガナイザー」、「ソリューション・プロバイダー」という総合商社の役割が一層重要になってくるのだ。

そもそもそれは商人の役割でもある。商人とは、船乗りシンドバッドの昔から、万国の世情、各地の物産に関する豊富な知識の持ち主であり、人々により有利な取引機会を提案するビジネス創造者であった。そのベースには知識と情報があった。三井物産の創設者で価値の高い美術品コレクションを残した益田孝の骨董品の鑑定眼は有名だが、その美術品の「違いがわかる」能力とは、商社マンの力そのものでもあったのだ。商社のコア・コンピタンスとは、やはりひとりひとりの商社マンの見識の広さにある。それは客先ニーズへの対応力の広さであり、すなわち「総合力」に他ならないのだ。

しかし問題がないわけではない。商社の規模がどんどん大きくなるにつれ、組織が細分化され、商社マンの専門性は深まってはいるが、逆に総合性が弱くなっているように思えることだ。ある特定の商品の知識しか持たない専門家はメーカーのセールスマンはつとまっても「商人」とは呼べない。商社マンひとりひとりの知識を、組織的に集積し、体系化し、全員で利用可能なものとすること、すなわち「ナレッジ・マネージメント」が喫緊の課題となっているように思う。

19世紀のイギリスでは、国策に基づきプラントハンターと呼ばれた植物専門家が世界中に派遣され植物収集を行った。集めた膨大な標本、データは、王立キュー植物園で体系化され、それが大英帝国発展パワーの源泉となった。プラントハンターは日本の商社マンのようだが、日本の商社には残念ながら王立キュー植物園に相当する体系化されたノウハウ蓄積システムがない。夏休みのシーズンでもある。植物採集でもしながら商社内キュー植物園の構築に思いをはすのは如何。

(1999年8月2日 橋本尚幸)

1999年7月5日月曜日

サラリーマンは企業の「隠れ債務」であるか

トヨタ自動車の首脳が終身雇用制度を守るといったとして、格付け機関のムーディーズが、トヨタ自動車の格付けを最上級のAAAからAa1に一ランク格下げしたことは、まだ記憶に新しい。終身雇用制度を維持することは「簿外の債務(隠れ債務)」を発生させるからだという。はたしてわれわれサラリーマンは企業の「隠れ債務」なのか。

日本の終身雇用・年功序列賃金制度のもとでは、サラリーマンは中高年を過ぎると自分が提供する役務以上の報酬をもらうことになる。ムーディーズはこれを、給料の過大支払の約束、すなわち隠れた「債務」で見なしたものである。

それに対して、日本のサラリーマンは若い働き盛りの間、働きに応じた十分な報酬をもらっておらず、その「貸し」を中高年に入ってから取り返しているに過ぎないとの主張もある。これは、従業員は経営に対して「債権者」の資格で発言権を有する、というステークホルダー議論にもつながってくる。そうだとすると、中高年層をねらったリストラなぞは、サラリーマンへの過去の過小給料支払い分(会社としての「借り」)を踏み倒すことにほかならず、とんでもないことだということになる。

本当にそうなのか。結論を急ぐ前に、二つほど考えなければならないことがあるように思う。

一つは、この種の議論は一般に平均値での議論がなされるが、ひとりひとりの個別ケースとなると千差万別だということだ。自分は受け取っている給料より遙かに大きな役務を提供していると自負する人が大部分だと思うが、現実は必ずしもそうでもないケースがあることも、これまた事実なのである(モチロンアナタノコトデハナイ)。

もう一つは、企業と従業員の時間空間をまたがる貸し借り関係は、企業ばかりでなく、従業員をも拘束することから、企業活動と従業員の人生両方を停滞的なものとするということである。江戸時代の住友にも「末家制度」という制度があった。若いうちの給金を低くおさえるかわりに死ぬまで終身年金を払うというシステムであったが、世の中がゆっくりと動く江戸時代であるからこそ機能したもので、明治に入って変化の早い時代になると、この制度は捨てられることになる。

ということで、やはり、どの個人をとっても、またどの時点をとっても、常に「貸し借りなし」と認められる報酬システムが望ましいことになる。ついにトヨタ自動車も従来の年功賃金から能力主義への移行を発表することになった。

永井荷風は、「貸し」と「借り」が複雑に入り組んだ日本社会の仕組みがどうにも我慢がならず、貸しをつくらない、また借りもつくらないという「不施不受」の哲学を徹底して実践した人であった。これが近代個人主義の原点であると考えたからだ。平成の時代、荷風の生き方が非常に今日的であると見直されているが、われわれのお給料も「貸し借りなし」で決めたいものだ。

(1999年7月5日 橋本尚幸)

1999年6月7日月曜日

産業競争力と経済の二重構造

日本の産業競争力は、昨今いちじるしく低下したといわれている。スイスのローザンヌに本部を置く経営開発国際研究所(IMD)が毎年発表する「世界競争力報告」と題するリポートによれば、99年の日本の競争力は世界で16位とのことだ。もちろん1位は米国である。2位にシンガポールがくる。香港は7位、カナダですら10位と日本よりも前に付けている。「ランキングを改善するためにも、日本は国内経済の改革や、企業・金融部門のリストラを続けなければならない」という(ナンシー・レイン「日本、構造改革へ待ったなし」『日経新聞 経済教室』99年5月24日)。

同じ問題意識のもとに経団連は産業競争力会議に対して包括的な要望事項を提言している。過剰設備の廃棄、雇用対策、不動産流動化を3本柱とする幅広い官民一体の対策を講じて、衰えてきている日本産業の競争力を取り戻すことが喫緊の課題であるという。

でもちょっとわからないことがある。98年の日本の貿易収支は1000億ドルを優に超える大幅黒字だということだ。日本産業の国際競争力は惨めなほどに低下していると指摘されているにもかかわらず、輸出が続いている。競争力がなければそもそも輸出自体が成り立たないはず。これはどう理解すればよいのか。

ここでわれわれは古くて懐かしい「日本経済の二重構造問題」にたどり着くことになる。一部の限られた産業は抜群の競争力を有しているが、同時にすこぶる効率が悪く、コストの高い産業部門が、淘汰されないで牢固として存続しているということである。発展産業分野と衰退産業部門、製造業と非製造業、強い会社と弱い会社、大企業と中小企業、これらさまざまの二重構造は日本の経済ピクチャーに複雑な綾を織り込んでいる。購買力平価にも如実に日本経済の二重構造があらわれている。輸出物価で推計した購買力平価と消費者物価で推計した購買力平価では1ドルに対して優に5~60円の差が出るのだ。競争力がないのは決して「産業全体」ではなく「一部の産業部門」に過ぎない。

すでに60年代からこの二重構造の解消が叫ばれてきたが、現在に至るまで成果はなかった。70年代の石油危機では「みんな一緒に」頑張ったし、80年代の円高進行も「みんな一緒に」切り抜けた。そうこうするうちにバブルという神風に「みんな一緒に」救われた。いま未曾有の不況の中でまたしても「みんな一緒に」対策を考えている。

いまやらねばならないことは、比較劣位の部門を「再生」という名の下に救済し二重構造を温存することではなく、比較優位部門への生産要素の自然な移動を放任することではないのか。

ちなみに、この「みんな一緒に」という官民一体型の産業政策システムは、戦争遂行を目的として昭和の10年代につくられたものだ。それまではもっとシンプルで古典的な資本主義システムであった。

その古典的なシステムのもとで日本産業は大きく変化し発展した。それと比較すればいま必要とされている構造調整はさほど大きなものではない。明治・大正時代からの本来の「日本的」経済システムにもっと信頼を持ちたいものだ。

(1999年6月7日 橋本尚幸)

1999年5月10日月曜日

「会社の大きさ」は何で測るか?

企業経営において、事業の成長力とか経常利益とか「質」の部分の評価に加え、事業の大きさという「量」の部分の評価も、企業の社会的な役割・存在感といったものにつながってくるわけで、依然として大切なファクターである。でも、事業の大きさはどうやって測るのか。異なる業種に属する二つの企業はどうやって比較するのか。単純に売上高で比較してよいのか。従業員数か。異業種間での事業の売買、交換が日常化する現代、この問題はより大切になってきているようにみえる。

そこで注目したいのが企業の粗付加価値額である。粗付加価値とは当該企業のオペレーションにより付加された価値の合計であり、売上高から売上原価及び経費を差し引いたものと思えばよい。具体的には税引後経常利益、純支払金利、人件費、賃借料、減価償却費、租税公課の合計となる。企業が多くのステークホルダーズ(株主、融資元、従業員、地主・家主、公共社会など)に対して分配する価値の合計といえる。すべての経済活動の粗付加価値を合計したものがGDPであるので、企業の粗付加価値とは、その企業のGDPへの貢献度とも云えるのである。

日本の全企業、産業について粗付加価値をひとつひとつ計算するのはなかなか骨が折れる仕事だが、さいわいに通産省でつくった「わが国企業の経営分析」という資料がとても便利である。この資料から、二三の発見をご紹介することにしたい。

日本の資本金10億円以上の大企業1659社が捻出する粗付加価値合計額は平成9年度で70兆円、GDP504兆円の14%を占める。このうち製造業は1060社で36兆円、非製造業が599社で34兆円の粗付加価値を産出する。一社あたりでは非製造業の方がはるかに大きく、日本のサービス産業の巨大化は予想以上に進んでいることがわかる。

具体的にみると、スーパーマーケット業29社の粗付加価値は合計で1兆9000億円となり、巨大装置産業である高炉製鉄業8社の粗付加価値1兆8000億円をしのぐ。道路運送業18社の粗付加価値は1兆8000億円で、医薬品製造業40社の合計と同じくらいだ。また電気通信サービス業はたったの2社で4兆2000億円の粗付加価値を産出し日本経済の牽引役である自動車関連製造業25社の粗付加価値4兆4000億円に肩を並べる。

ところで「21世紀型サービス産業」である総合商社はどうか。総合商社9社は年間約1兆円の粗付加価値を生み出している。規模として高炉製鉄業8社の半分強である。非鉄金属製造業33社、水運業18社、航空運輸業5社とほぼ同じくらい。出版・印刷業11社の1.5倍、工作機械30社の3倍である。

総合商社の売上高がきわめて大きい一方で利益の絶対額が小さい。そのため過去において、ある時は総合商社は実力以上に巨大な存在と見られ自信過剰になったり、ある時はその反動で必要以上に過小評価され自信喪失に陥ったように思う。でも粗付加価値でみれば、実態はそれほど巨大でもないし、またそれほど捨てたものでもない。身の丈に応じた社会貢献(粗付加価値の創出)を続けたいものだ。

(1999年5月10日 橋本尚幸)

1999年4月5日月曜日

21世紀、誰が日本の寝たきり老人を養うのか

アメリカ景気の強さといったら、それはもうたいへんなもので、まったくうらやましい。一方で、わが国経済ときたら、ご存知の低迷ぶりで、見ていて歯がゆいばかりである。

そんな中で、アメリカの一流エコノミストが「日本の景気回復は当分期待できない。だから日本からアメリカへの資本移動は続かざるをえない。したがってアメリカの景気は当分大丈夫なのである」などというのを聞くと、日本はアメリカの「貢ぐ君」ではないよと、ひがみたくもなる。

日本の不況が長期化し、社会の構造改革も遅々として進まないようにみえる中で、人口の高齢化だけは着実に進行している。これではアメリカとの格差は開くいっぽうだ。このままで行くとわが国の将来はどんなものとなるのか、誰が高齢者の面倒を見るのか、考えるのも恐ろしいほどだが、ここは職務柄、パソコンを使って将来を数字で見てみることにした。

試算の前提であるが、日本の構造改革が進まないので日本経済の過小消費体質は、牢固として「改善されずに」維持される、すなわちゼロ成長と経常収支の黒字が続くと仮定する。また日本の経常黒字はすべて海外で再投資されるとする(その結果、経常収支黒字の為替相場、金利水準への影響はニュートラルとなる)。人口推計は厚生省の数字を使い、要介護老人の老人人口に占める比率は現在の比率(8.3%)が改善されないと仮定した。

計算の結果は、次のような意外なものとなった。まったく心配することはなかったのである。すなわち:

1)日本の人口がピークアウトする2005年での日本の対外純資産は、2兆2200億ドルにまで増大する(GDPの54%)。

2)この対外純資産からの受取利息はGDPの2.7%となる。

3)これで日本の防衛費(GDPの1%)を楽々と全額カバーできる。

4)さらに防衛費を払った残りで、日本の要看護老人(その時点で207万人)の介護費用として、一人あたり年間353万円を支給することができる。

日米経済は、こと貯蓄・投資バランスについていえば鏡のような対照性があるので、アメリカでは全く逆のことが起こる。だから21世紀において日本の防衛費と要介護老人の介護費用を払うのは、アメリカの納税者ということになる。まるでイソップの「ありとキリギリス」の童話だ。

不況が続いて、お隣の芝生が青く見えることもあるが、日本人はそれほどひがんだり卑屈になることはないと思う。同時にアメリカ経済の強さを必要以上に過大に評価することも間違っているように思う。

おごることなく、卑屈になることなく、常に等身大で自分と相手を見ることが大切なのである。そうすれば「百戦危うべからず」と孫子もいっている。


(1999年4月5日 橋本尚幸)

1999年3月1日月曜日

伸縮両面のある「日本式リストラ」のすすめ

社会経済生産性本部によると、日本の一人あたりGDPは、OECD12カ国のなかでトップであるにもかかわらず、国民経済生産性(実質GDP/就業者)となると大きく低下し、12カ国中11位にまで落ちてしまうとのことである(ちなみに最下位は韓国)。

どうしてこのようなことになるのか。いろいろの理由が考えられるが、ここでは日本の人口に占める就業者の比率が欧米に比べて高いことに注目したい。

ひらたくいうと、欧米では働く人は根を詰めて働くが、働かない人はまったく働かないという具合に、二つの種類の人間の間にはっきりした分化が進んでいるようなのだ。働く人は目一杯働くから当然生産性は上がる。一方、日本では、その分化がそれほど明確でなく、誰もが自分のペースで、できる限り長く社会に貢献するのを良しとする伝統がある。大勢でゆっくり働くので、生産性は落ちる。

あるシンクタンクの試算によると日本の企業内過剰雇用は700万人に達するという。また高齢の就業者も多く、日本の65歳以上の労働力人口は495万人にものぼり、65歳以上の人口の24%を占めるが、米国ではその比率は12%、英国においては5%にしか過ぎない。

日本の経済システムでは、生産性は落ちるが全体の生産量と雇用は多くなるのである。日本企業は社会的な役割も負わされているともいえる。(それにしては国際的にみて企業の税負担が高いが、ここではそれに触れない)

日本型システムに対する批判は強い。しかし、できるだけ多くの人々に、柔軟な賃金体系のもとに、その余裕と能力に応じて広く活躍の機会を提供するという考え方は、基本的に間違っているとは思えない。これが共同体意識、チームワーク精神につながってくる。これは日本パワーの源泉でもあった。

ヨーロッパではいま、「ワークシェアリング」といって、就業機会をより多くの人々で共有する試みがなされている。これは日本型システムの模倣だが、「模倣」は最高の「賛辞」であるのだ。

グローバル化による価値観の一律化が進んでいるが、社会と文化が異なれば自ずとやり方も異なる。現在、未曾有の不況の中で企業のリストラが進んでいる。しかし、このような日本社会の性格を配慮せず、縮小均衡のみを追求するリストラでは、経済全体としては資源の最適配分につながらないと思う。

縮みと並行して、己の強みの分野に於いては、積極的に人的資源を投入する拡張策が期待される所以である。

(1999年3月1日 橋本尚幸)

1999年2月5日金曜日

「バブルで滅んだ国はない」

不況もこれだけ長引いてくると、景気の悪い話など誰もあまり聞きたくなくなるものと見え、経済見通しについて観察するところをありのまま申し上げると「どうも悲観的にすぎるじゃないの」とか「景気の悪いのは百も承知。少しでも明るいところを探してきてほしい」などいわれることがある。小渕首相も通常国会の冒頭の施政方針演説で「いまや大いなる悲観主義から脱却すべきときが来ている。いま必要なのは確固たる意志を持った建設的楽観主義である」と強調し格好がよかった。まことにもっともな態度であるが、それをとらえて「調査機関や企業の調査部門の連中が弱気なことばかりいうから日本経済はますます萎縮するのだ、あいつらはけしからん」ということにつながるのなら、それはちょっと違うという気がする。

たしかにビジネスマンの基本的資質に楽観的ということがある。しかしこの楽観的ということは、外的環境を自分に都合のよいようにねじ曲げて甘く解釈することではなく、外的環境をありのままに見据えた上で、積極的に、適切な対応策を実行に移すことにあると思う。それこそ「建設的な楽観主義」であろう。

現実に、多くの日本企業が、かつて景気のよかった頃には手が着けることができなかった構造改革に本腰を入れて着手している。なにせ企業の生き残りがかかっているのである。その意味で、今回の不況は、時代に適合しなくなっている昔からのしがらみを断ち切る絶好の機会ともいえるのだ。

こういった企業の対応は、主に人件費などの固定費の削減を目指すもの、不採算部門からの撤退、または合併・業界再編、さらに新規成長分野・得意分野への集中的な投資など、いくつかの種類に分類できる。これらの動きは連日のように新聞紙上をにぎわしており、日本企業の対応の的確さと迅速さには目を見張るものがある。もっともいまの大不況にあって初めてこれが可能になったという面もあり、不況にもなかなかよいところもあるのである。

経済発展の歴史をみると、バブルとその崩壊は限りなく繰り返されたが、それで滅んだ国はなかったことがわかる。景気循環の歴史の専門家によれば、好況と不況(恐慌)は19世紀以来、ほぼ10年ごとに繰り返されてきたが、不況(恐慌)の度ごとに、当該社会の産業競争力が強化され、生産性の向上が見られたという。

国は経済の悪化によっては滅亡しない。経済悪化で情緒不安定になったときに下す政治外交的判断の誤りによって滅ぶといわれるが、企業においても同じことだ。

平成不況の中、大部分の日本企業は冷静に平常心を失わず、着々と正しい対応を実行しつつあるのを見るにつけ、不況は来年まで続くかもしれないが、日本産業の競争力は着実に強化されつつあると判断する。そういう意味で、私はきわめて楽観的なのである。

(1999年2月5日 橋本尚幸)

1999年2月1日月曜日

バランスシートで見た日本経済

先月のこのコラムで「調整インフレが警戒されている」と書いたところ、複数の人から「調整インフレ論者だった筈の筆者がいつの間に宗旨がえをしたのか」とお叱りをいただいた。筆者としては、資産家はこう考えているのだろうとの、観測を述べたつもりだったが、いつもながらの舌足らずな文章のため意が伝わらなかった。反省。そういうことで今回も、日本の遊休化した資本ストックと水膨れした個人金融資産の関係について、価格の問題を絡めて、考えてみたい。

現下の不況の根本原因に、過剰な資本ストックがある。1980年代後半、内需拡大のかけ声の元に、企業は過剰投資を積み重ね、伝統的に低いレベルでおさまっていた資本係数を異常な高さにまで押し上げてしまった。日本経済は全体で50兆円とも100兆円とも言われる余分な供給能力を抱えることになったのである。今の不況は、この矛盾を調整する苦しみの過程にほかならない。

日本経済をひとつのバランスシートに表してみると、この供給能力の過剰とは、借方側の資産部分が実態以上に大きな金額で書かれているということである。実際には、実物資産の相当部分が稼働していないわけで、余分で価値のない設備が額面で帳面に記入されているのだ。このバランスシートの調整が今後確実に進行していくことになる。

問題は、この借方側の実物資産の過大評価に対応する貸方側の調整である。借方が実態以上に水膨れしているということは、貸方側も実態以上に過大に評価されている(不良債権化している)ことである。なかでも日本人一人当たり1000万円、全体で1200兆円にのぼるという個人金融資産の実態はどうかという点が興味深い。資産部分(借方)が水膨れしていることに対応して、この1200兆円も、そうとう大幅に過大評価されている(不良債権化している)はずである。日本の資本効率の驚くべき低さが、何よりも雄弁にそれを物語っている。

実物資産(設備機械)の除却が進行して借方の過大評価が解消するにつれ、過大評価されている貸方側でも調整が進む。その方法は、利益の吐き出し(企業の負担)、資本金部分の圧縮(株主の負担)、借入金部分の切り捨て(債権者の負担)などがあり、それぞれの部門が応分の負担をしなければならない。家計の金融資産(大部分が預貯金)も「円安をともなった物価の上昇」により実質的に減価させることも可能なのである。

鎌倉時代、当時の国土防衛戦争(元寇)の出費で困窮した御家人集団を救うため、徳政令が考案された。いま「平成の徳政令」として「調整インフレ」が議論されている。それに賛成するか、反対するかは、経済政策的に正しいかどうかというよりは、論者の資産ポジションによって大きく影響されているように思う。

(橋本尚幸)

1998年12月1日火曜日

デフレ経済はとにかく生き抜こう


今回の不況は想像以上に長引くとの見方が次第に強まっている。景気対策を小出しにしてタイミングを失するうちに、日本経済の伝統的な牽引役である民間設備投資が、いよいよ下降循環に入ってしまったからである。

設備投資の循環サイクルがいったん下向くと3年は続くのが過去の例だ。その間、在庫循環などの短期的な景気サイクルが上向いても、また少々の財政を出動させても、人為的な手段ではなかなか景気は浮揚しないのである。

そのうち頼みの米国経済も怪しくなってくる。アジア経済が最悪期を脱するとしても日本経済を牽引するにはいかにも小さい。ということで、やっぱり不況は長期化するように見える。そういった状況のなかで、我々はどう対応すべきなのだろうか。ひとつ皆になりかわって考えてみよう。

まず企業であるが、オペレーション規模の適正化がなによりも大切との認識が広まっている。需要が縮小するなかで収益を上げうる企業体質への転換である。これは短期的には縮小均衡となるが、市場に参加する企業数の淘汰も同時に進むので、生き残れさえすれば最終的には売上高は拡大すると期待できるのだ。
家計もデフレ経済のなかで出来るだけ身軽になろうとしている。わが国には「シンプルライフ」「清貧」をよしとする伝統があり、極端な倹約も美意識に沿ったかたちで実行可能だ。支出は最小限にとどめひたすら資産の蓄積に励む。また今から生活程度を下げておけば年金生活へ移行してもショックが少ない。貯金はまさに一石二鳥なのである。

一方、資産面では各人の金融資産の目減り防止が最大の課題となる。バブル崩壊で地価、株価をはじめ資産価格が大幅に目減りしてしまったが、預貯金で保有する金融資産は、相当部分がバブル期に家計が企業部門に高値で売った不動産の代金であるが、まったく目減りしていない。問題は確実な投資先が少ないことだが、幸い巨額の国債発行と財投(郵貯)は毎年続くのでそれに投資すればよい。投資の収益は税務署が納税者から責任を持って取り立ててくれるので安心である。警戒すべきは「調整インフレ」だが、最近はこの議論も下火になった。

上記がほとんどの企業と家計が考えていることではないか(図星でしょう)。でも皆が同じ行動をとると「合成の誤謬」が生じる。よって不況は長引くのである。

しかし悪いことばかりではない。不況が続く限り日本産業は合理化を続けるので競争力が向上する。また家計も貯蓄を続けるので資金がたまる。だから日本経済は、将来的にはますます巨大な資金といよいよ強い国際競争力を持つことになるだろう。「合成の誤謬」転じて「合成の大正解」である。再び日米摩擦? でも今度はもっと謙虚に行きたいものだ。

(橋本尚幸) 

1998年11月30日月曜日

杉野さんとアルページュ

〔旧HPより転載〕


杉野さんは亡くなってしまった。向井さんも島氏さんも、江面さんも酒井さんも、みんな亡くなってしまった。楽しいときがあれば、終わりもあるのだ。


杉野さんとアルページュ杉野さんとアルページュ杉野さんとアルページュ
杉野禾吉さんとアルページュ
1998.11 アオレレ (AOLELE) 文集に寄稿


はじめて杉野さんにお会いしたのは、もう30年近くも前になりますが、油壷に浮かぶ青いアルページュの上でした。僕は当時、東京に出てきたばかりの新入社員で、一年先輩の島氏さんの紹介でアオレレに寄せてもらうことになったのです。夏も終わりのある土曜日の午後(当時の住商では土曜日は各週で出勤でした)、向井さんの車で油壷に向かいました。道は混んでいましたが、長者が崎をまわったとたんに、青い海と白い雲が目の前いっぱいに広がり、とても感動したのを憶えています。

道ばたにアシタバが生えているヨッテル際の細道を下り、テンダーを漕いで、お椀のように丸くて背が高いヨットに到着しました。それがアオレレで、なんでもフランス製のアルページュという最新型プロダクションボートで、この春の太平洋横断シングルハンドレースで堂々二位で三崎にゴールしたものを、アオレレメンバーの得意の英語交渉力で買い取ったとのことでした。僕がその高いスターン(その時はまだ梯子がついていなかった)を苦労してよじ登るのを、コックピットから助けてくれた人が杉野さんで、白い半ズボンに、学生帽のような青い帽子がとても印象的でありました。

アオレレでは毎晩が酒盛りでとても盛り上がりました。向井さんは、アルページュの近代的なキッチンで盛んに料理をつくり「このジョンジョン(日本酒)は美味しいよ」と剣菱を呑んでました(わたしは関西育ちなのに剣菱の名前も知らなかった)。江面さんは「式根という島に行くと、崖下の浜に温泉が湧いていて、そこに入っていると目の前に夕陽が見えて、波がどーんと跳ねかえって、とーてもチョーワ(良い)よ」と話してくれました。冨島さんは「ミラノに出張で行ったが日本の円を交換しようとしてもどこでも換えてくれなかった、日本はまだまだアンデーな(良くない)国よ」外国のみやげ話をしていました。島氏さんは「ネー、ネー(了解、了解)」と云いながら、いつもニコニコされていました。隣の船の方がアジのたたきを作ってくれました。(こうやってバイ菌を一つづつ殺すのよ、といって包丁で盛んにアジを叩いておられました)。その他にもいろんな楽しい人たちが集まってアオレレは毎晩にぎやかでした。杉野さんは「普通の船はまずハルがあってその中にキャビンを埋め込むのだが、この船はまずキャビンを設計してその外側にハルをとりつけたのよ」とアルページュの居住性をこよなく愛しておられました。

進藤さんが船にミス・エクアドルを連れてきたり、杉野さんがビール会社の宣伝に船を提供したので美人モデルが大挙してやってきたり、それはそれはドキドキするような楽しいことがいっぱいありました。はじめての初島レースでは、強風のなかでスキッパーの沼口さんの英雄的なティラーさばきに感動しました(明け方になっても頑張って舵を引く沼口さんの頬に、青々と髭が(進行形で)伸びてくるのをみて、ただただすごいと思いました)。向井さんが大きなシイラを釣って、それを皆で食べ尽くしました。そのまま鍋に放り込んで揚げたアナゴのてんぷらも絡み合っていてすごかった。波布の港の岸壁で、御神火という焼酎といっしょにはじめて食べたクサヤの美味しかったこと。日曜日の夕方になると杉野さんの年代物の青い「トラック」をだましだまし運転して東京に帰ってきました。アルページュに乗っていた時の僕たちは本当に楽しく幸せでした。

でもしばらくして僕はアルゼンチンに行くことになり、油壷を去りました。杉野さんも考えるところがあり、会社を辞められ日本を離れました。杉野さんはアルゼンチン経由でブラジルに向かわれたのですが、ブエノスアイレスのバスターミナルで、一人でブラジルに発つ杉野さんをお見送りした時は、さすがに感無量でした。

向井さんが「ヨットマンは常に超現実の世界に理想と夢を求めるのだ」との趣旨のことを云ったことがあります。僕も同じように感じることがあります。船首を大海原に向けてティラーを引くとき、この世のしがらみは後ろに残し去って、すばらしい希望に向けて船を進めているような気になるのです。人生においては、僕の場合、理想と夢は空想の世界の中にそれを求めることで我慢してきたように思います(空想への逃避をしていたのです)。しかし杉野さんの場合は、勇気があり、あくまでも現実の世界における夢と理想を追求され、実践されたのでした。

杉野さんを思い出すとき、どうしても青い色が浮かんできます。相模湾の青い海。杉野さんの青い帽子と青いダッフルコート。杉野さんの青い「トラック」。そしてあくまでも青いヨット「ブルー・アルページュ」です。

アルページュといえば、同じ名前のフランスの香水があります。家内はごく若いころ、この香水をつけていたのですが、それはもうずっと昔のことで、いまはその香りも嗅ぐこともありません。アルページュとは、永遠に「青春の香り」なのかも知れません。

(橋本尚幸)

1998年10月1日木曜日

企業にとっての情勢判断と情報

ピーター・ドラッカーによれば、今後の企業にとって最も重要な課題は「いかに外部情報を収集、分析し、それを経営戦略に組み込んでいくか」であるという(10月5日、日経新聞)。ビジネスが包含するリスクは、昔と較べ段違いに巨大化、複雑化していることを考えれば、企業経営にとってシステマティックな情報収集と分析、それにもとづく的確な情勢判断が、ますます重要になっていることはいうまでもない。問題は、どうやって企業体のなかに、こういった仕組みと風土をビルトインするかであるが、古今の情報収集分析の専門家が一致して重要と指摘している点を三つばかり紹介したい。

まず第一に、組織としての「複眼的」な情報分析が大切であるということ。経営判断は、基本的には所轄部門のいわゆる「ライン」情報にもとづき行われるのが通例であるが、ひとつの情報だけを判断の拠り所にするのではなく、常に別のチャンネルの情報も参考にすべきだということである。戦略重視の大英帝国においては、伝統的に、大使館経由の情報(「ライン」情報)に加え、MI6などの諜報機関のサイド情報が重要視されてきた。情報ルートが複数となると、当然それぞれの判断が食い違うことが起こるが、それが更に突っ込んだ議論を呼び起こし、判断の精度が高まる。情報は決して「一本化」してはならないのである。

第二の点は、公開されている文献情報の重視である。スパイ・ゾルゲの例は有名だが、昔から情報分析の専門家は、ほとんど公開情報をベースに情勢判断を行ってきた。「情報は足で稼げ」とは一面の真理ではあるが、それが文献情報の軽視につながるならば、とても危険な風潮と言わなければならない。

また「人間は自分の知識の範囲内においてのみ認識する」という臨床心理学の研究を信ずるならば、ストックとしての知識ベースを広げることが新たな情報を収集するためにも重要になってくる。情報の量が多くなると、どうしても複数の専門家による分業が必要になる。多数のワークステーションを並行稼働させることで超高速スーパーコンピューターなみの性能を出せるようになったように、チームプレーによる組織的な情報分析の技術を磨いて行かねばならない。

三つ目は「ビジネスの視点に立った」情報分析ということである。情報の値打ちとは、その情報がもたらしたアクションの大きさによって計られるという。一見なんでもない情報が戦いの帰趨に決定的な役割を果たした桶狭間の戦いの事例を見るまでもなく、結局どのような情報が経営判断にとって重要かを情報分析スタッフが十分知っていることが必要なのだ。その意味で、政治経済情勢の分析も、企業としてやる以上、ビジネスの実務経験者を中心にした情報分析体制で取り進めることが望ましいのである。

橋本尚幸 

1998年9月1日火曜日

「第二の敗戦」で再び注目される坂口安吾

不況に加えて、企業、官庁のスキャンダル、さらには相次ぐ毒物事件と、日本列島にはいま、あたかも「第二の敗戦」といえるような無力感が漂っている。そのためか、戦後の灰燼のなかで当時の青年達に熱狂的に読まれた作家、坂口安吾に再び関心が集まっている。安吾の文章の幾つかを紹介させて欲しい。

「日本は負け、そして武士道は滅びたが、堕落という真実の母体によって始めて人間が誕生したのだ。生きよ墜ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救いうる便利な近道が有りうるだろうか」

『堕落論』の有名な一節である。でも単なる開き直りではない。安吾はいう。「(善人は気楽なものだが)堕落者は常にそこからハミだして、ただ一人曠野を歩いていくのである・・・孤独という通路は神に通じる道であり、善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや、とはこの道だ」(『続堕落論』)

この安吾の『歎異抄』の読み方はやや独特だが、彼がいわんとしたことは堕落による新しい規範の創出に他ならない。すなわち「人は無限に墜ちきれるほど堅牢な精神にめぐまれていない。何物かカラクリにたよって落下をくいとめずにいられない・・・堕落は制度の母体である」(前掲書)

安吾は日本人はもともと復讐心が少ない人間であるからこそ仇討ちが制度化されたこと、権謀術数が伝統であればこそ武士道が工夫されたことなど例をあげ、だから「人は正しく墜ちる道を墜ちきることが必要なのだ」と説く。

さて現在、日本経済は景気の回復と構造改革という二つの相反する課題に直面している。どちらを優先するのか。安吾の考えによれば明らかに後者となる。

われわれ戦後世代は、戦後をひたむきに生き、日本の経済発展に寄与してきたと些かの自負はあるものの、荒廃した戦後教育しか受けられなかったゆえに、教養と独創性に欠けるとの指摘を受けることがある。内心忸怩たるものがある。それが自信喪失にもつながっている。でも安吾は気にすることはないという。

「僕は・・玉泉も大雅堂も竹田も鉄斉も知らない・・けれども、そのような僕の生活が・・貧困なものとは考えていない・・・法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ・・武蔵野の静かな落日はなくなったが累々たるバラックの屋根に夕陽が落ち・・ここにわれわれの実際の生活が魂を下ろしている限り、これが美しくなくて、何であろうか」

「猿真似を恥じることはない。それが真実の生活である限り、猿真似にも、独創と同一の優越があるのである」(『日本文化私観』)

安吾は「ありのままの自分への信頼」が最も大切と説いた。その言葉には今読んでみても魂の震えを覚える。そのため引用が長くなった。ご寛恕を乞う。

(橋本尚幸)

1998年8月1日土曜日

「調整インフレ」についてもう少し議論をしよう

さかんに「調整インフレ」について議論されたが、反対意見が多く、また日銀総裁の否定的な見解発表もあり、最近は一段落の感がある。でもこの問題は、わが国を今後どういう方向に持って行くかという、きわめて本質的な問題を含んでおり、これでお仕舞いにするにはまだまだ早いように思う。

公債依存度がこれだけ増えてしまったいま、景気を刺激するにしても財政政策には限界がある。一方で、金利は既に「超低金利」となっており、更に金利を下げる余地はない。しかしマネーの的拡大をじて「期待インフレ率」を上昇させることができれば、名目金利は変化させずとも「実質ベース」で金利を低下させ景気刺激になる。これが「調整インフレ論」である。

これに対して「物価のコントロールは難しい」とか、「とにかくインフレは悪」との反論は多く出されたが、この調整インフレ政策が、世界経済にどのような影響を与えるのか、産業構造、不良債権問題との絡みはどうかなど、もうちょっと突っ込んだ議論があってもよかったように思う。二三の議論の材料を提起したい。

まず第一に、わが国で喫緊の課題である不良債権問題との関係である。金融機関の貸付残高で不良資産化している部分を公的資金で補填しようというのが政府の考えである。一種の「徳政令」であるが、最終的な負担者は誰かといえば、公的資金とは税金であるので納税者ということになる。負担比率は納税割合、すなわちほとんど「所得」に応じてである。一方、調整インフレ政策も金融機関の負債残高を実質で減少させるので不良債権問題の解決になる。ただ損失を負担するのは金融資産の所有者で、負担割合は基本的には資産残高に応じてである。公的資金による救済の場合、最終的負担の分担基準は所得の額(フロー)であるのに対し、インフレによる救済の場合は金融資産(ストック)の額となるのだ。わが国においては、所得格差より資産格差の方がはるかに大きいことを考えると、調整インフレ政策の方がより公平な負担方法といえるのではないか。

第二に、世界経済への影響である。インフレは円安を引き起こし、日本の輸出競争力を高め、景気回復を加速させる。一方アジア諸国の輸出には不利に働く。中国はこの機会に人民元を切り下げ、その責任を日本に押しつける可能性が高く、政治的には難しい判断となる。しかし日本経済はアジア経済の75%を占め、日本経済の成長なしにアジア経済の回復もあり得ない。また円安はサービス化が進んだアメリカ経済に対しては悪影響を与えることはない。「国際的責任」とやらを考えすぎて適切な行動をとらないことは、それこそわが国の国益を二義的に考えているとの謗りを免れないのである。

第三に、産業構造調整との関係である。インフレには産業構造の高度化を促進する働きがあることが知られている。産業構造の高度化のためには、就業者が効率の悪い業種から効率の高い業種にスムーズに継続的に移動しなければならないが、これは業種間の賃金格差によってはじめて可能になる。現代社会においては、賃金の下方硬直性があるため、この賃金格差を生じさせるには適当なインフレが必要であることが実証されている。逆に言えば、いまのようなゼロ・インフレ経済では、産業構造の高度化は期待できない。日本産業の10年20年先の国際競争力を考える場合、これは重要なポイントである。

以上、今回あまり議論されなかったと思われる二三の点について問題提起をした。「調整インフレ」議論を単なる技術論や善悪論だけで終わらせてはならない。

(橋本)